アルツハイマー病に効くとされている処方薬がいくつか販売されているが、病気を治す力はない。それどころか、強い副作用のため服用を中止する患者が多い。抗アルツハイマー病を治療するための新薬を開発しようと、世界的な大企業が精力的に取り組んできたが、失敗の連続である。

たとえば、2017年2月14日、大手製薬会社のメルク社は開発を一部断念したことを発表した(1)。メルク社が開発していた候補薬のベルベセスタットは、アルツの原因とされてきた脳内のβ-アミロイドを減少させることに成功したが、肝心の認知機能の低下を防ぐことができなかったからである。そうなると、β-アミロイドはアルツの原因ではなく、結果に過ぎないことが推測される。これまでの研究を支えてきた仮説、つまり前提さえ崩れるかもしれない。

では、アルツに対抗する手段はないのか? 希望はないのか?
そうではない。

認知症の改善に希望が見えてきた
九州大学医学部の藤野武彦名誉教授、片淵俊彦准教授、レオロジー機能食品研究所の馬渡志郎氏らのグループは、あるリン脂質が認知症を改善することを発表した。あるリン脂質とは、EPAとDHAがドッキングしたホタテ・プラズマローゲン(Pls)である。

ホタテ・プラズマローゲンを認知機能に障害のある数百人の高齢者に摂取してもらい、認知機能をMMSE(ミニメンタルステート検査)というテストで測定した(2)。すると、5割の患者で認知機能に顕著な改善が見られた。症状が悪化した患者は少なく、残りのほとんどは現状維持だった。すなわち、症状の悪化が止まった。

MMSEの成績が上がっただけではない。介護者による客観的評価は、医師、ヘルパー、本人もその結果を認めている。それは、プラズマローゲンが記憶・学習をつかさどる海馬だけでなく、人間らしさや感情を作り出す前頭前野の働きも改善するからである。

プラズマローゲンを摂取したらアルツが改善したと。たまたまそういうことが起こったというのではない。症例は1つや2つではなく、数百を超えるからだ。画期的である。

藤野教授のグループは、プラズマローゲンが脳機能を高めることについて一連の論文を発表した(3-6)。

たとえば、同グループは、328人の軽度のアルツハイマー病患者がプラズマローゲンを摂取したところ、記憶が改善したことを一流の国際医学雑誌に発表した (6)。

ここでは、夫と二人暮らしの80代の女性のケースを紹介しよう。2年前から彼女は洗顔や歯磨きが嫌いになり、衣服の着替えもできなくなった。物忘れがひどい。トイレにも自分ひとりで行けない。家の中で身の回りのものを持ち出しては放置したまま片づけられない。そして感情が高ぶり、暴言を吐き、時々暴力まで振るう。そこで夫が妻を医師の元へ連れていった。

彼女を診察した医師はプラズマローゲンの摂取を勧めた。そして彼女はプラズマローゲンの摂取を開始した。

初診時
MMSE:1点
プラズマローゲン血中濃度:7.3

2ヶ月後
トイレに行けるようになったが、便座に座りたがらない。挨拶はするが、その後の会話が続かない。だが、唱歌を歌うようになった。
MMSE:2点

3ヶ月後
暴言や暴力がなくなった。デイサービスの人に厳しい表情をしなくなった。表情が穏やかになった。トイレにも嫌がらずに行くようになった。デイサービスだけでなく、自宅でも入浴するようになり、お湯をかけてもらうと、ありがとう、というようになった。

MMSE 3点
プラズマローゲン血中濃度:7.8

プラズマローゲンはリン脂質のひとつであり、細胞膜を作る主成分である。ヒトのケースでは、プラズマローゲンはリン脂質の18%を占める。そしてプラズマローゲンは、脳、心臓、白血球、精子に多く存在することから、生物を生き長らえさせるのに欠かせない栄養素であることがわかる。

当初、藤野教授のグループはプラズマローゲンをトリの皮から抽出し、その脳への効果を調べていた。その後の研究で、ホタテ貝のプラズマローゲンが最も効果が高いことを確認し、ホタテから純粋に大量に抽出することに成功した。今では基礎研究も臨床試験ももっぱらホタテ・プラズマローゲンを利用している。

藤野武彦名誉教授が世界で初めてホタテ貝から抽出したプラズマローゲンは、2015年から(株)ビーアンドエス・コーポレーションが製造・販売している。

参考文献&脚注
(1)http://investors.merck.com/news/press-release-details/2017/Merck-Announces-EPOCH-Study-of-Verubecestat-for-the-Treatment-of-People-with-Mild-to-Moderate-Alzheimers-Disease-to-Stop-for-Lack-of-Efficacy/default.aspx

(2) MMSE(ミニメンタルステート検査、認知症のスクリーニング検査、30点満点で、23点以下だと認知症の疑いがある)

(3) Dietary plasmalogen increases erythrocyte membrane plasmalogen in rats, Mawatari S,et al.Lipids Health Dis. 2012;11,161. (経口摂取によって血中プラズマローゲンが増加)

(4) Plasmalogens Rescue Neuronal Cell Death through an Activation of AKT and ERK Survival Signaling. Shamim Hossain et al.PlosOne Published: December 20, 2013 (プラズマローゲンが神経細胞のアポトーシスを防ぐ)

(5) Anti-inflammatory/anti-amyloidogenic effects of plasmalogens in lipopolysaccharide-induced neuroinflammation in adult mice. Ifuku M et al,. J Neuroinflammation. 2012 Aug 13;9:197. (抗炎症とアミロイド形成の予防)

(6) Efficacy and Blood Plasmalogen Changes by Oral Administration of Plasmalogen in Patients with Mild Alzheimer’s Disease and Mild Cognitive Impairment: A Multicenter, Randomized, Double-blind, Placebo-controlled Trial. EBioMedicine. 2017 , 17:199-205. Fujino T et al. (軽度認知症患者の記憶力の改善)

プラズマローゲンS