うつと間違われやすい「鉄」不足
若い女性の4割近くが鉄不足
わが国でも男女が社会で平等にはたらくようになった。それにともない、残業や出張に、女性もオトコ並にコキ使われる。そして、より美しくなろうとジョギングに汗を流したり、ダイエットにと忙しい日々を送る女性たち。そんな凛々しい彼女たちを襲うのが、冷えや倦怠感、不機嫌である。そんな彼女たちが不足しやすいのが、「鉄」だ。
鉄は、わたしたちが健康に生きていくのに欠かせない微量栄養素の代表格である。血液が赤いのは、赤血球の成分であるヘモグロビンというタンパク質が赤いせいだが、ヘモグロビンには、酸素の運搬と二酸化炭素の回収といった2つの役割がある。
ヘモグロビンは全身をめぐりながら、肺で捕らた酸素を末端の細胞に届けると同時に、細胞が栄養素を酸素で燃やしエネルギーをつくる際に発生した二酸化炭素を捕らえて、肺に持ち帰る。この二酸化炭素は呼気として口から外に吐き出される。
赤血球。赤血球の中心にある鉄が、必要に応じて、酸素を捕え、放出する。
さらに、細胞の電力会社ミトコンドリアで「エネルギー通貨ATP」を生産する酵素や、細胞内で遺伝子DNA(デオキシリボ核酸)を合成する酵素は鉄があってはじめてはたらくのだ。つまり、鉄はこれらの酵素の補因子となっている。
鉄は解毒でも大活躍している。肝臓は、外から体に入ってきた毒物を酸素で酸化し、尿や糞といっしょに排泄する。こうして人体を守っている。この大役を担うのが、肝臓にある「P-450」という酵素だ。このP-450もまた鉄を補因子とする。このようにわたしたちが健康に生きるのに、鉄は欠かせない。
だが実際は、鉄不足に悩む人は世界でもっとも多いのが実情だ。とりわけ鉄不足が目立つのは、2歳以下の赤ちゃんと十代の少女、妊婦、高齢の女性たちである。
アメリカでの調査では、若くて健康に見える女性の35~58パーセントが鉄不足におちいっている。そして日本では、若い女性の4割近くが鉄不足の状態にあるという調査結果が出ている。
うつの症状にソックリ
鉄不足になると、どんな困ったことが起こるのだろう。まず、末端の細胞に酸素が十分に届けられなくなるから、ATPが十分につくられない。同時に排気ガスである二酸化炭素が体内に蓄積する。酸素不足のせいで頭がはたらかない。それ加えて、鉄を補因子とする酵素のはたらきが大幅に低下する。
こうして、疲れやすい、元気がない、頭が痛い、顔色が悪い、イライラ、月経血の量が増える、貧血などの症状があらわれる。これらは、うつの症状にソックリだ。そこで病院を訪れると、「うつ病」と誤診される。抗うつ薬が処方されるが、治るはずもなく、副作用だけがあらわれる。その副作用を抑えるために新たな薬が処方されるが、副作用が出る。この副作用を抑えるために、さらに薬が処方される。こうして飲む薬の数だけが増えていく。
原因がぜんぜん違うから治るはずがない。原因は鉄不足だったのだ。とりわけ妊娠中は、より多くの鉄を摂らなければならない。成長をつづけるお腹の胎児は、たくさんの鉄を必要とするが、その鉄を胎児は母体から摂っていくからである。
気づきにくい「隠れ貧血」
貧血の原因は鉄不足であるのはたしかだが、鉄不足がよほど進行してからでないと貧血は症状としてあらわれない。
鉄不足でもすぐに貧血が発症しない理由は、生体内における鉄の分布に関係している。ヘモグロビンに70パーセント、肝臓、脾臓、骨髄に保管される貯蔵鉄として25パーセント、筋肉のミオグロビンに4パーセント、酵素の補因子として1パーセント。
鉄不足になり、ヘモグロビンが少なくなったとしよう。それても、貯蔵鉄をつかってヘモグロビンの増産ができるから、ただちに貧血は発症しないのである。
だが、貯蔵鉄は細胞内の電力発電所であるミトコンドリアでエネルギー生産につかわれているので、もし貯蔵鉄が減少する事態になると、エネルギー不足におちいる。こうして元気がない、疲れやすい、頭が痛い、午前中は体に力が入らない、などの症状があらわれる。だから、女性の多くは、貧血にまではいたらないものの、「隠れ貧血」なのである。
血液検査で血清中の鉄レベルを調べても、鉄分が欠乏しているかどうかを正確に診断することはできない。最善の手段は、血清中に存在する鉄貯蔵タンパク質フェリチンのレベルを測定することだ。これが血清1リットル中30マイクログラム以下だと隠れ貧血と考えられる。
アメリカの研究では、鉄分が少し不足するだけで労働生産性が著しく低下することが明らかとなっている。しかし、鉄分を補給することで、労働生産性は改善する。