前回の記事(インスリンとIGF-1は細胞を増殖させるチャンピオン)で発した問いは、「インスリンはがんを促進するのか?」というもの。答えは、イエス。それなら、糖尿病患者がインスリン注射を打っているが、それはどうなのか?
答えは、「がんを促進する」である。

ワトソンは、こういう。「インスリンンががんの促進剤であることは間違いない。肥満と糖尿病とがんの関係についてよい仮説であると思う」。実際にワトソンは、がんを予防するために、血糖値を下げる薬であるメトホルミン(1)を服用している。 

インスリンは成長因子である。だから、細胞中にインスリンが高レベルで存在すれば、細胞分裂のスピードが上がる。この際にブドウ糖と脂肪細胞があれば、がん細胞に分裂するためのエネルギーを供給することになる。インスリンレベルが高いということは、ブドウ糖も脂肪細胞も豊富であるに違いないから、がん細胞の増殖がどんどん進むことになる。

インスリンはがんを引き起こす。その効果は、マウスを用いた実験によって明確に示された(2)。まず、マウスに大腸がんの細胞を注射し、次に、このマウスに通常カロリー食または高カロリー食を与える。すると、わずか17日後に、高カロリー食のマウスのがんは通常カロリー食に比べ2倍のサイズになった。

ヒトではどうか? ヒトでもインスリンレベルが高いと、大腸がん、胃がん、乳がん、子宮がん、前立腺がん、肝臓がんなど、多くのがんの発生率が上がることが知られている(3)。

だが、すべてのがん研究者がインスリンとIGF-1の役割について納得したわけではない。1980年代にがん遺伝子を発見した、がん研究のパイオニアであり、MITホワイトヘッド・インスティチュートのロバート・ワインバーグ博士は、ワーブルグの復活について、冷ややかだ。

ワインバーグは、こういう。
「肥満の人におけるインスリンとIGF-1のレベルが、ワーブルグ効果を引き起こすのに十分かどうかを知るのに、証拠がまだ十分ではない。まだ仮説の段階である。私にはそれが正しいのかどうかわからない」

がん遺伝子説のパイオニアであるワインバーグが、自らの説の敵であるがんの代謝説をなかなか受け入れないのは当然である。 

ワーブルグが生きていたころ(1970年8月1日に死去)、代謝経路におけるインスリンの働きは今ほど理解されていなかった。彼は、ダメージを受けた呼吸系ががんを引き起こす以外の可能性を考えることはなかっただろう。

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