腸内細菌の不調がASD(自閉症スペクトラム)を引き起こす?!
腸内細菌とASD(自閉症スペクトラム)には密接な関係がある。
たとえば、抗生物質を服用したあとにASD(自閉症スペクトラム)と診断されることが非常に多い。
そんな例を紹介する。
エタン・ロヨラは1歳の誕生日を迎える少し前から腸の様子が変だった。
中耳炎の治療のために抗生物質を服用してから、痛みをともなう下痢が始まった。
それまで順調に成長し、話し始めていたのだが、1歳のころそれがピタリと止まり、人と目を合わせなくなった。
この直後に、彼はクリニックでASDと診断された。
エタンが成長しても消化器系の障害は続いた。彼は人と関わることと、慣れない状況に対応するのを苦手とした。
エタンの母ダナ・ウッドは、こういう。
「エタンは両手を耳に当て、人混みにいるのをとても嫌がったの」。
そのころ、たまたまエタンの父がASDクリニック内に貼られていた文書を発見した。
その文書には、アリゾナ州立大学の科学者がASDの実験的な治療法を計画していて、現在、参加者を募集中、とある。
実験的な治療法というのは、ASDでないドナーからの腸内細菌を患者に植えつける腸内微生物移植の試みである。
エタンの両親は、彼をこの実験に参加させることにした。
腸内細菌とASDが関係する?
ASDは子供の脳の発達が遅れることで発症する。そんな脳の病気が腸内細菌と関係しているという突飛な発想は、どこからきたのか?
子供は中耳炎になりやすい。そんな子供がくり返し抗生物質を服用したあとに遅発性ASDを発症させる症例が、いくつも報告されている。
遅発性ASDというのは、生まれてから正常に発達していた子供が1~3歳になってから発症するものを指す。
遅発性ASDの発症の経過はよく知られている。
代表的なものは、それまで正常に発達していた子供が抗生物質を服用した直後から慢性の下痢が始まり、
続いて、言葉と社会的なスキルが失われ、ASDが発症するというもの。
ASDが腸内細菌と関係しているという画期的な仮説を最初に提唱したのは、脳や生化学の専門家ではなく、
遅発性ASDの子の母であるエレン・ボルトである。
生後15ヶ月まで順調に成長していた彼女の息子アンドル―は、ASDを発症していた。
何がきっかけで息子がASDを発症したのかを探すことを決心した彼女は、仮説を立て、それを論理的に実証した。
これには彼女がかつてコンピュータ・プログラマーとして働いていた経験も役立った。
彼女は図書館で多くの文献を調べ、カギとなる論文を発見した。
それは、感染症を抗生物質で治療すると一部の人がクロストリジウム・ディフィシル感染症にかかり長期にわたる重い下痢が起こる、
という論文だった。クロストリジウム・ディフィシル感染症は、病院や老人施設などでしばしば集団感染を起こすことで知られている。
この論文を読んだ彼女は、直ちに息子の下痢のことを思い出し、もしかして同じタイプの細菌が息子に感染し、
細菌のつくり出す毒素が発育中の脳に悪さをしている、と想像してみた。
想像はさらにこう続く。
通常、破傷風菌は筋肉に感染するが、息子の場合は腸に入った。
息子の腸内には破傷風菌の増殖を抑制する細菌が中耳炎の治療のために服用した抗生物質によって殺されていたので、
破傷風菌のつくる毒素が息子の脳に到達した、と。
クロストリジウム・ディフィシル感染症を引き起こすのは、どんな細菌か。彼女が最初に思いついたのは、破傷風菌(クロストリジウム・テタニ)である。
もし破傷風菌に感染したのなら抗体が存在するはずであり、もしそうなら、血液検査で確認できる。
だが、息子はすでに破傷風の予防接種を受けているので、血液検査をすれば、抗体がわずかであるが見つかるはずである。
アンドル―の血液を調べたところ、抗体値はあまりに高く、とてもではないが、破傷風の予防接種によるものではないことは明らかだった。
彼女は自分の説が正しいことを確信した。
そして1998年、彼女は「遅発性ASDは破傷風菌が抗生物質の服用によって錯乱した腸内で増殖し、神経毒素をつくることで起こる」という仮説を学術誌に発表した。この発表が契機となり、ASDと腸内細菌の関係を探る研究が始まったのである。