エピジェネティクスとはなんだろう。DNAにタグをつけたり、つけたタグをはずしたりすることによって、DNAを変化させることなく、遺伝子の働きを変えること、また、このことを研究する学問分野を「エピジェネティクス」と呼んでいる。遺伝子は細胞がどのようなタンパク質をつくるかを指令する情報である。遺伝子が働いて、細胞がタンパク質をつくるとき遺伝子発現は「オン」、一方、遺伝子が働かず、タンパク質がつくられないとき、遺伝子発現は「オフ」という。 

遺伝情報を担うのはDNAである。せっかくDNAがあるのに、なぜ、わざわざDNAにタグをつけたりはずしたりする必要があるかというと、一言で答えるなら、ヒトが生き残るために必要であるからだ。

環境は絶えず変化し続ける、これが常態である。ヒトが生存を続けるには、この変化し続ける環境に適応できなければならない。 

「遺伝子のスイッチ」

変化への対応で、まず考えられるのは、DNAの塩基配列を変化させる変異である。だが、変異を起こすのに数千年から数万年もの時間がかかるから、これだと、環境の変化に迅速に対応する前にヒトは滅んでしまう。ヒトが生き延びるには、変異よりはるかに迅速に遺伝子の使用法を変える手段が欠かせないのである。 

そこでタグの活用が発明されたと思われる。タグをDNAにつけたりはずしたりするのは、わりと短時間でできる。しかも、これによって遺伝子のオンとオフをコントロールできるとなれば、新しい環境への迅速な対応が可能となる。 

もしかしたら読者は、エピジェネティクスを自分には関係ないものと思われておられるかもしれないが、その誤りをたった今から改めてほしい。  

毎日、私たちは食べ物や飲み物を摂取する。そして家事をしたり学校や職場、あるいはスポーツクラブの水泳教室やヨガ教室に通う。そこには人が大勢いて、ときには、人間関係に悩まされることもある。こういったストレスがエピジェネティクスを引き起こすからである。

このエピジェネティクスは、脳が経験に反応するしかたを変える。辛い経験をした個人が、立ち直るのか、それとも、依存、うつ、その他の心の病に苦しむのか、その基礎をつくるのがエピジェネティクスなのである。