こんな人が亜鉛不足になる
カルシウムや鉄にくらべて、亜鉛の重要性はそれほど認識されてこなかった。このため、亜鉛は不足しがちな栄養素であった。しかも、現代では「フイチン」という物質が亜鉛と結合して吸収を妨げている。フイチンというのは、パンなどの小麦やインスタント食品にかなり含まれていて、日常の食生活で吸収されやすい物質なのだ。だから、現代人にとって亜鉛はもっとも不足しやすいミネラルのひとつなのである。

アメリカでの調査によると、子どもやティーンエイジャー 3人のうち2人は亜鉛が不足しているという。また、日本でも一人暮らしの学生や働く女性に亜鉛不足が増えてきていると指摘されている。

亜鉛欠乏症は子ども、ティーンエイジャー、働く女性に目立っているが、栄養が片寄りがちな高齢者、ベジタリアン(菜食主義者)や肉が苦手といった人、糖尿病患者、アルコールを毎日飲む人にとっても大いに気にかかるところである。

 

亜鉛が不足すると、どんな点で私たちは困るのか? 力を発揮するのに亜鉛がどうしても必要だという酵素はいくつもあるから、亜鉛が不足すると、その影響は全身におよぶ。とりわけ、成長ができなくなったり、第二次性徴が止まったり、性欲が減退することが目につく。 

たとえば、牛乳2杯、豆類1カップ、肉100 グラムを食べれば、1日に必要な亜鉛は摂取できる。しかし安心はできない。もともとほんのわずかの亜鉛しか体内に貯蔵されていないので、油断すれば、すぐに不足してしまう。

亜鉛は、人が生きる根本のところで働いている。具体的にいうと、タンパク質の合成や、遺伝子の複製、細胞の増殖、生命の誕生、傷口を治す、免疫を強める、男性を元気にし、精力を高める、味覚を司る味蕾を成長させる、などの点において亜鉛は重要な働きをしている。

細胞が成長しスムースに分裂することで、新しい細胞が絶え間なく誕生している。だから亜鉛が不足しようものなら、新陳代謝がうまくいかず、体の調子がすぐれないというわけだ。

もうすこし具体的に見てみよう。亜鉛は、細胞を増やすことで傷口を治し、免疫細胞を増殖させることで「免疫」の働きを強めている。また、亜鉛には、舌で味を感じる味蕾という細胞や、胃腸の細胞を成長させる役割もある。

そればかりか、亜鉛は代謝にも大事な役割をはたしている。たとえば、糖類を分解してエネルギーにする際や、アミノ酸をつなぎあわせてタンパク質を生産する際に、亜鉛がくっついた酵素が働いている。

左党にはうれしいアルコールと亜鉛の関係
私たちは老若男女を問わず、ビール、ワイン、日本酒など、アルコールになじみの深い生活をしている。日本ではアルコール依存症やその予備軍を合計すると、500 万人にのぼっているという。なぜ、このようなデータを出してきたかというと、飲酒と亜鉛には覚えておいてほしい関係があるからだ。

健康な人が少量のアルコールを飲むと、亜鉛の吸収は飲まないときよりも高まることが知られている。だから、ほんの少しのアルコールは健康によい。だが、アルコール依存症では話はまったく別で、深刻な亜鉛不足が心配されている。それは、アルコール依存症の人は栄養が不足しがちであるばかりか、消化・吸収の力も落ちているから、ほかの栄養素ばかりでなく、亜鉛もうまく吸収できないのである。

さらに、アルコール依存症の人の血液中にはミネラルに結合するタンパク質である「アルブミン」が減っているため、亜鉛を体内に維持できないのだ。アルコール依存症ならびにその予備軍の人たちは亜鉛不足に陥りやすい危険な領域にいるのである。

アメリカでは亜鉛は「セックス・ミネラル」と呼ばれる
亜鉛の働きで忘れてはならないのは、男性も女性も元気にし、精力を高めることだ。「しあわせの栄養素」と言ってもいいくらいで、仕事もバリバリ、やる気になり、子どもにも恵まれる。アメリカで亜鉛は「セックス・ミネラル」と呼ばれ、大人気である。

亜鉛が子どもの誕生にかかわっているのは、元気な精子や男性ホルモンである「テストステロン」を生産する酵素の一部分になるからである。テストステロンは男性だけでなく、女性にもあり、元気、やる気を高める重要な働きをしている。テストステロンは男性と女性の元気、すなわち精力を増し、夫婦間のきずなを強くする。そんなわけで、元気で強い精子が卵子と巡り会う。だから受精もスムースというわけだ。

だが、亜鉛は受精ばかりでなく、それ以後も重要な役割をはたしている。
妊娠中、胎児は母親の胎内でグングン大きくなる。それには、細胞がすごい勢いで増殖しなければならない。タンパク質がモーレツなスピードで合成されるだけでなく、遺伝子もまた高速でコピーされねばならない。

ここでも亜鉛が活躍しているのだ。亜鉛は男性の精子を元気にするばかりでなく、胎児の発育にも欠かせない。つまり、女性にも大事な栄養素なのである。こうして、妊娠を維持し、やがて丈夫な赤ん坊が誕生するというわけだ。

ところが、もし亜鉛が不足したら、強い精子や十分な量のテストステロンが生産されず、精子と卵子が巡り会うチャンスがめっきり少なくなる。それだけでなく、精子もいまひとつ元気がないから、せっかく卵子に巡り会うことができても、なかなか受精には到らない。

それでも排卵日に何とか頑張って子づくりに励んだのが効を奏し、何とか受精し、妊娠にまでこぎつけたとしよう。ここで妊娠を維持し、胎児を成長させるには、細胞が増殖しなければならない。細胞の増殖には、タンパク質が合成され、遺伝子がコピーされなくてはならないが、これを担当しているミネラルが亜鉛なのである。だから、女性に亜鉛が不足しては、胎児が成長できないことになる。 

もし亜鉛が不足すれば、まず、受精しにくくなる。たとえ受精できたとしても、受精卵が成長し、胎児として育つのはむずかしい。要するに、亜鉛が不足すれば、子どもはできにくいのだ。

子づくりが予定どおりに進んでいない家庭では、ビタミン E の摂取を心がけると同時に、亜鉛が足りているかをチェックしてみてはどうだろうか? 亜鉛は、人類の生存にかかわる大事なミネラルなのである。