最近、マイクロバイオームと心の健康には密接な関係があることが明らかになってきた(1)。その例を紹介する。2011年、カナダのマックマスター大学の研究グループは、生後8週間の正常なマウスと腸内細菌を取り除いたマウスを比較した結果を報告した(2)。

それによると、腸内細菌のいないマウスは、正常マウスに比べ、リスクテーキングにおける行動レベルが高まったばかりか、ストレスホルモンのコルチゾールのレベルも上昇し、脳を成長させるBDNF(神経栄養因子)のレベルが変わったという。

別の研究で、脳内のBDNFレベルが変化すると、ヒトでは不安とうつになりやすいことが判明している。これで「腸—脳軸」が心と行動に密接に関係していることが明らかになった。

論文の著者であるジェーン・フォスター博士は、こういう。「誰でもストレスと不安が胃腸の状態を悪化させることを知っているが、私たちはそれを下から押し上げ、腸が脳とコミュニケーションすることを示した。これは、腸それ自体が脳に影響を及ぼすことを証明する最初の研究です」


腸内細菌 by Pixabay
 
マックマスター大学の科学者はさらに研究を進め、腸から脳に情報が伝わることを再確認した。すなわち、あるマウスの腸内細菌を別のマウスに移植したところ、別のマウスの行動が変わったのである。臆病なマウスから取り出した腸内細菌をリスクを取る勇気あるマウスに移植した。それから、この逆も行った。それで彼らが発見したことは、マウスの性格が完全に変わったことである。すなわち、臆病マウスは社交的で勇敢になり、社交マウスは臆病マウスに変身したのである。

腸内細菌がマウスの行動における臆病と勇気を大きく左右することが証明された。こうして科学者は、腸内細菌と心の健康に強力なつながりがあることを動物実験で証明した。

では、ヒトのマイクロバイオームが私たちの心の健康にどれほどの影響を及ぼすのか? 子どものころに確立したヒトのマイクロバイオームが、成長につれてどれほど変化するのか?
今、私たちの間で大きな問題となっている、うつや不安は、思春期か青年期までに脳がそのように配線されることが原因のようだ。

もしマイクロバイオームが脳の配線を決める要素の一部であるなら、うつや不安のような心の問題をバクテリアを使って改善しようとするときの効果は、ある時点を過ぎると衰えるだろう。もし腸内細菌の影響力が私たちの若いころに最大であって、人生の初期に起こったある変化は後に変えることはできないものなのかもしれない。それでも、ボストンの精神科医ジェームス・グリーンブラットのような専門家は、成年になってからでもバクテリアに手を加えることで行動と心理を大幅に改善できると信じている。

アイルランドにあるコーク大学の栄養薬学センター長のジョン・クリアン博士は、不安なマウスにプロバイオティクスの乳酸菌を摂取させると、不安が軽減し、ストレスホルモンが減少し、脳内で不安と恐れを抑える伝達物質の受容体が増えたと報告した(3)。要は、プロバイオティクスに抗不安効果があるということだ。

当然、次の疑問が生じる。プロバイオティクスは抗不安薬のベンゾチアゼピン系と同じしくみで不安を抑えるのか? 不明である。まだ多くの疑問が残ったままであるが、ヒトの気分や行動の改善にプロバイオティクスを利用するメリットは、ますます明らかになってきている。

今やヨーグルトは、すべての腸の問題を解決する「魔法の弾丸」として喧伝され、かなりの成功をおさめている。別のプロバイオティクスのサプリは免疫力を高めると主張する。ヒトの行動を改善するプロバイオティクスの可能性はますます高まってきているが、いつか企業は不安を解消する処方をプロバイオティクスに調合するのだろうか? その可能性があるのは明らかだ。

プロバイオティクスの摂取で脳が変わった!
このアイディアの正しさを証明する研究結果が、2013年、UCLA(カリフォルニア大学ロスアンジェルス校)の科学者によって発表された(4)。それは、健康な女性に4種類のプロバイオティクスの株を1日2回4週間摂取してもらったところ、脳機能が変化したというもの。

このコンテンツを閲覧するにはログインが必要です。→ . 会員登録はお済みですか? 会員について