プラシーボ反応の力は恐るべきものである。ライト氏のように希望を持つことでプラシーボ反応がプラスに働けば、がんが縮小することも、さらには治癒することもある(1)。

逆に、プラシーボ反応がマイナスに働けば、本来、死ぬはずのない患者が死ぬことさえある。プラシーボ反応がマイナスに働けば、治癒にひじょうに悪影響をおよぼすことことから、わざわざ「ノシボー反応」という独自の名前がつけられている。

アメリカの著明な心臓外科医で、1985年にノーベル平和賞を受賞した、ハーバード大学医学部のバーナード・ラウン教授は、強力なノシボー反応について述べている。それは、ある心臓病患者は、医師が彼女が死ぬといったと思った後に本当に死んでしまった、というもの。

バーナード・ラウン名誉教授(By Harvard University)

心臓外科医になりたてのころ、ラウンは、患者のS婦人を受け持った心臓外科の権威の指導のもとで大学病院で働いていた。S婦人には、命にかかわるほど重くはないが、心臓の弁が狭くなる三尖弁口狭窄症(さんせんべんきょうさくしょう)という病気があった。この他に彼女には心臓のうっ血がややあったが、薬でうまく抑えられていた。
そんな彼女を奈落の底に突き落とす大事件が発生した。

その当日、 検査を受けるために病院に来ていたS 婦人の状態は、いつものように安定していた。そこへ高名な心臓外科医がインターンや医学生を引き連れて彼女の部屋にやってきた。彼らは、彼女を話し合いには入れず、仲間うちだけで話し合っていた。そして彼らが部屋から出ていくとき、かの心臓外科医は「この婦人は TS である」とポツリと話した。TS は tricuspid stenosis(三尖弁口狭窄症)の略語である。

その直後に部屋に入ってきたラウンはS 婦人を見て仰天した。彼女は極端な不安のためにすっかり怯え、ぶるぶる震え、呼吸はひじょうに速くなっていたからだ。2時間前にはまったく問題のなかった彼女の肺は、ゼイゼイ音を発している。これはうっ血性心不全が悪化する前触れだった。

ラウンが「どうしたのですか?」と尋ねると、彼女は「先生が、私が死ぬのは確実だといいました」と答えた。ラウンは、医師がそんなことをいうはずがないと断言するも、S 婦人は譲らない。「私はこの耳でたしかに聞いたのです。先生は、私が TS であるといいました。私はこの意味を知っています。Terminal Situation(末期的状態)ということです。先生は患者に本当のことを決していいません。でも、私には彼の言っている意味がわかるのよ」

ラウンが、いくら「 TS」が「三尖弁口狭窄症」のことで、「末期的状態」のことではないと説明しても、彼女は聞く耳を持たなかった。それで彼女はどうなったか?

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