心の持ちようが病気の治癒に影響をおよぼすことを「プラシーボ反応」と呼んでいる。そもそもプラシーボは「偽薬」と訳されることからもわかるように、薬の有効成分が含まれていない「砂糖錠」のことだから、科学的には脳と体にまったく影響をおよぼさないものである。

だから、プラシーボは新薬の効果を試すために行われる治験(臨床試験)において、新薬と比べるために対照群に与えられる。だが、実際にはプラシーボの投与によって、患者の症状が軽減されることが多い。理由を説明できないまま、研究者はこれを「プラシーボ反応」と呼んできた。

ここでいう「プラシーボ反応」は、もともとヒトの体には治癒や症状の改善をもたらす物質をつくりだす力が備わっていて、体は心から何らかのメッセージを受け取ることによって、その力を発揮するという意味である(1)。

プラシーボ反応の極端でわかりやすい例を紹介しよう。それは、UCLA(カリフォルニア大学ロサンゼルス校)のブルーノ・クロファー教授に同僚の医師が報告し、1957年に教授が発表した、がん患者の心の状態と、それにともなう症状の変化である(2)。

クロファー教授に報告したのは「ライト氏」の名で知られる患者の主治医フィリップ・ウエスト。ライト氏は悪性リンパ腫にかかっていて、医師が触ってすぐにそれとわかるほど大きなものになっていた。ある医師たちのグループは、「クレビオゼン」というがんに対する新薬の治験を続けていた。マスコミはこぞって「クレビオゼン」ががんを治す奇跡の薬であると大々的に宣伝していたが、大多数の医師は、その効果に疑問を抱いていた。

だから医師たちは、この新薬にあまり期待していなかったのだが、ライト氏のがんがあまりに進行しすぎていたので、彼の気を休めるために処方することにした。

すると、どうだろう。まるで奇跡としかいえないことが起こった。それまで減少を続けていた彼の体重がしだいに増えはじめ、気分が向上し、元気が出てきたのだ。そればかりか、ライト氏のがんは劇的に縮小し、ついに、触れてもわかないほどに小さくなった。

希望 プラシーボ反応   Pixabay

だが、ライト氏のがんの改善は最後までは続かなかった。新聞が、クレビオゼンは期待されたほどすぐれた効果はないと報道しはじめたのだ。この記事を読んだライト氏はすっかり失望し、その直後から体重が減少し、それまで縮小していたがんが再び成長をはじめた。

もしかしたら、薬物療法へのライト氏の反応は、医師の彼への語りかけや暗示の力で変化するのではないだろうか、と推測した医師は、こう言って彼を激励した。「じつは、最初にあげたクレビオゼンには問題が残っていて効力が十分ではなかったのだ。しかしこの問題がついに解決した。より効力のより高いクレビオゼンがやってくるから、もう少し待ってください」。

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