私たちの考えや行動は遺伝的に決まっているのか。たとえば、知性やセックスの好みとか、病気になりやすさ、気分が落ち込んだり、不安になったりする気質、特定の才能も親から子に遺伝子として伝えられているのか。

人生、能力、生き方、考え方といったものが遺伝子によって決まっている、あるいは遺伝子検査を受ければこれらがわかるなどと思われている。テレビ、新聞、雑誌、そしてステマの無法地帯となっているインターネットなどを通してそう宣伝されるからであるが、これは誤りである。遺伝子は環境とかかわることではじめて働くからである。遺伝子の役割は過大評価されている。このことを一卵性双生児を例に説明しよう。

一卵性双生児は、英語で「まったく同じ双子」(identical twin)と表現されてきたものの、正確には「まったく同じ」ではない。「一卵性双生児」は、まったく同じ卵子から生まれ、同じ女性の子宮の中で同じ時期に育った双子である。ふたりは先天的な環境は同じであるが、後天的な環境は同じではない。だから、一卵性双生児で生まれたひとりは学校の地理の教師をし、充実した日々を送るが、もうひとりは薬物依存に苦しむこともある。

たとえ同じ遺伝子を持っていても、同じ結果になるとは限らない。それどころか、同じ結果にはならないことが多い。遺伝子の働きは、食事、運動、人間関係などの生活習慣などによって劇的に変わるからである。そして最近の研究によって遺伝子の働きを変えるしくみ、すなわち、遺伝子をオンにしたり、遺伝子をオフにするスイッチが存在することが明らかになった。

このスイッチを研究するのが「エピジェネティクス」という、今、爆発的に発展している学問分野であり、今年3月に東洋経済新報社から出版された拙著「遺伝子のスイッチ」のテーマである。このスイッチのユニークなところは、DNAの塩基配列を変える(これを変異という)ことなく、遺伝子の使い方を変えることにある。

具体的にいえば、このスイッチは、DNAにタグをつけたり、タグをはずしたりすることによって遺伝子のオンとオフを切り替えるのである。

なぜ、変異ではなく、タグが使われるようになったのだろう。ヒトが生存を続けるには、変化を続ける環境に適応しなければならない。環境の変化への適応の仕方において、まず考えられるのはDNAの変異であるが、それには数千年もの時間がかかる。そんなに長くは待てない。変異よりはるかに迅速に遺伝子の使用法を変える手段として、タグの活用が発明されたと思われる。